徳島城博物館 (2017.02.21 Tue. a.m.)

城山本丸跡

水仙@城山

池@中央公園

せせらぎ@中央公園

旧徳島城表御殿庭園

蜂須賀家収集品「1100年前の戸籍 阿波国板野郡田上郷延喜二年戸籍残巻」(重文)が出ていると聞き、徳島城博物館へ。開館までに余裕があるので、まずは城山へ。本丸跡は広々とした空間で気持ちがいい。お手入れもよくされている。この城山は貴重な常緑広葉樹林だそうだ。でも、最近気候の変化などで多くの樹木が枯れているとのこと。心配である。そのため雨水を溜めて林内を湿潤に保つ対策が施されているそうだ。効果がありますように。

開館の時間になり、入館。お目当の田上郷戸籍は興味深いものの、説明が少なくいまひとつ判然としない。一緒に公開展示されていた小杉榲邨(こすぎすぎむら/歴史学者)の「延喜二年戸籍愚案」(明治31年/1898)は田上郷戸籍を調査した知見を踏まえ、当時学会に存在した田上郷戸籍に関する疑問の解消をはかった解説書、だそうだ。とても興味深いが何が書いてあるかまでは展示ではわからなかった。田上郷戸籍は、60歳以上の高齢者が以上に多く、女性の割合が極めて高いと言ったことから、課税回避のため多くの男性が女性として申告したのではないか、というような説明がされている。その疑問に対する答えがこの中にはあるのか!?とても気になる存在である。もっと理解を深められる機会を持ちたいものだ。なお、この田上郷戸籍は公文書としての役目を終えた後、反故紙として大和国の法隆寺に譲渡され、裏面を用いて仏典が書写され、長らく経典として保管されていたとか。そして幕末期に京都の神官・吉田家に仕える鈴鹿河内守の所有を経て、慶応年間(1865-68)ごろ京都に滞在していた13代藩主・蜂須賀斉裕が、蜂須賀家が代々収集する歴史資料コレクション「阿波国文庫」に加えようとして購入したらしい。=以上博物館パンフレット参照=

ふむ、そこはかとなく匂う。いやいや、歴史ロマンと言っておこう(笑)

続いて「ひな人形の世界」も拝見する。蜂須賀年子所有の「おかたさま」と呼ばれていた身代わり人形「天児」(あまがつ)がとてもかわいらしい。

展示を見終わって、前回同様美味しいお薄を一服いただいて隣接する「旧徳島城表御殿庭園」へ。初代藩主が踏み割ったという伝説が残る石橋。“妻に毒を盛られ、苦しさと悔しさで踏み割った”とHPに。ひゃ〜。そんな伝説が残るお庭を“のんびり”散策してホテル付近へ戻り、おうどんのお昼。普段あまりおうどんを食べないから一年分食べたような気になった(笑)

+午後に続く+