8月29日(土)30日(日)と行われた第11回法蔵寺「乾山セミナー」。法蔵寺が建つ場所は乾山が最初に窯を開いた場所(鳴滝泉谷時代)。そう言うご縁でお寺さんのご住職が「乾山セミナー」を始められて今年で11回目。私は8回目より参加している。去年は家族旅行と重なって伺えなかったので、その分も楽しみに足を運んだ。
今回は若手キュレターたちが登壇。初日は、柴崎大典氏(サントリー美術館学芸員)と徳留大輔氏(出光美術館学芸員)。二日目は梶山博史氏(兵庫陶芸美術館学芸員)。 オーディエンスも強者ぞろいで質疑応答も熱を帯びる。 初日の講演終了後に行われる懇親会も大いに愉快。二日目には毎回「オプション」が用意され、これまで和菓子制作体験、茶杓削りなど。今回は西村徳泉氏(陶芸家)浅見五祥(陶芸家)尾野善裕氏(奈良文化財研究所)による鼎談。
楽しみながら学ぶ、なんとも贅沢な企画。ご住職の西川さんと奥様、スタッフの皆様に、心から感謝を申し上げたい。
以下覚え書き。追々加筆予定:
●「『琳派』と乾山 着想のマエストロのその後」柴崎大典氏(サントリー美術館学芸員)
*サントリー美術館では5月27日(水)~7月20日(月・祝)まで「着想のマエストロ 乾山見参!」が開催された。
初代尾形乾山(1663~1743)から続く京都と江戸の系譜、乾山が江戸へ下向した後に京都の窯を託されたのは養子の猪八。江戸で受け継がれた「乾山」とは「猪八」だったのでは、という推論がテーマ。(後の人々が初代乾山と二代猪八をそもそも区別していたのか、という疑問などが呈された。)
・参考文献:
『古画備考』朝岡興禎 嘉永三年(1850)起筆
『商人買物独案内』天保二年(1831)版
『すみだ川花やしき』佐原菊塢 文政三年(1820)
『本朝世事談綺』菊岡沾凉編 享保十九年(1734)
『洞房語園』(上)庄司道恕斎編 天文三年(1738)
『茶人花押藪』素濤編 延享三年(1746)
『装剣奇賞』稲葉通竜著 天明元年(1781)
『新撰和漢書画一覧』天明六年(1786)
『一話一言』大田南畝* 天明七〜八年(1787〜88)頃 *蜀山人(しよくさんじん)
『文晁画談』文化八〜十一年(1811〜14)ごろ
『諸方流略印譜』酒井抱一編 文化十年(1813)
●「中国陶器と乾山焼」ー17世紀後半〜18世紀における中国磁器の流通・使用とその影響からー 徳留大輔氏(出光美術館学芸員)
●「乾山焼に関する新知見」ー近年の進出作品を中心にー 梶山博史氏(兵庫陶芸美術館学芸員)
●鼎談「京焼よもやま話」西村徳泉氏(陶芸家)×浅見五祥氏(陶芸家) コーディネーター・尾野善裕氏(奈良文化財研究所)
現場の方のお話は研究者の方のご発表とはまた違った面白さ臨場感。京都における「共同窯」や「貸窯」についての実態もわかり興味深かった。